評価:☆☆☆☆
本作はアカデミー賞2冠(国際長編映画賞・音響賞)を受賞やカンヌ映画祭でのグランプリをはじめ、各国で数多くの賞を受賞して、評価の高い映画なのですが、個人的には、長編映画としては「perfect days」の方が良く、映像としては、「ゴジラ-1.0」より良く、音響の表現は今までにない斬新な映画だったと思います。
本作は、アウシュビッツ強制収容所と塀を隔てて隣に暮らす収容所の所長のルドルフ・ヘス一家の日常を描いています。日常を描いているのですが、常に銃声や悲鳴、煙突からの煙や炎などが写されているのですが、一家の無関心の領域なので、控え目な演出になっています。そのうち、慣れてきて、まったく気になってこなくなります。オープニングが真っ暗で不気味な音響から始まり、観客にはアウシュビッツの予備知識があるので、音響や煙突の煙も塀の向こう側の悲劇を想像するのですが、慣れてしまい、想像をしなくなります。この辺りがこの映画の斬新なところですが、悪く言うと、それ以上のものでもないとも言えます。
本作の主人公はルドルフ・ヘスなのですが、その夫人が無愛想でなかなか不気味な存在感があり、「関心領域」というタイトルはこの夫人ためにあるようなものでした。一家が暮らす邸宅は庭が広く、小さなプールやビニールハウスなどもあり、なかなか豪華な邸宅です。夫人は数年かけて、ガーデニングに熱中して、バラやひまわりが咲く美しい庭です。夫人はアウシュビッツの隣に理想の生活を手に入れるのですが、ルドルフが昇進して、アウシュビッツを離れることになります。アウシュビッツも仕事で赴任してきたので、ルドルフは一家でアウシュビッツを離れるつもりでしたが、夫人からなんと断られてしまい、単身赴任にすることになります。この夫人の拒絶に対して、ルドルフは呆気にとられて、ショックを受けます。
この夫人がアウシュビッツの邸宅を離れたくないと思うのは、都会暮らしが嫌いで、子育てには今の環境が最適だというのが理由でしたが、それは本質的ではないように感じました。ユダヤ人から奪った毛皮や宝石などを漁ったり、使用人に庭にユダヤ人の遺灰(と思われる灰)を肥料として撒かせたり、象徴的なシーンがあります。どうも、塀の向こうのユダヤ人の犠牲の上にこの美しい庭がある、というのが、彼女にとっての美なのかもしれないと疑いが出てきます。
挿話として、夫人の母親が訪れて滞在するのですが、母親は最初は庭を褒めて、理想的な生活を手に入れたと喜びますが、庭のベンチで昼寝中に銃声で目が覚めたり、夜に煙突の炎を眺めるシーンなどがあり、ある朝、置き手紙をして失踪してしまいます。夫人は母親がこの家を出て行くことはあり得ないと言って、慌てて探し回ります。やがて、置き手紙を発見して、それを読むと急に無関心になって、手紙をゴミ箱だか暖炉だかに放り捨てて、「(母親の分の)朝食はいらないから下げて」と召使いに言って、無表情で事務的に朝食をとります。
先ほど述べた慣れによる無関心は、ありきたりで、主人公のルドルフにはアウシュビッツでの生活にあまり関心がないようだったので、この夫人を軸に据えるともっと関心と無関心の領域がはっきりして面白くなったかもしれません。映像的には色々な場所に防犯カメラのような無人のカメラを据えて、撮影する手法をとっており、観客は主人公のルドルフや夫人に自分を投影しやすいと思います。監督のジョナサン・グレイザーはジャミロクワイの世界一有名なミュージックビデオ「ヴァーチャル・インサニティ」の監督だとか。その映像センスをいかんなく発揮されていると思います。