評価:☆☆☆☆
見覚えがあるなと思って観ていましたが、うちの隣の家でビックリしました。・・・というのは真っ赤な嘘ですが、主人公の平山(役所広司)が住んでいるアパートはわりと東京らしい風景の一つです。東京の下町で育った者には、どちらかというと懐かしい風景です。風呂なしのアパートなので、最近では珍しいかもしれませんが、僕のマンションから探せば、自転車で10~20分くらいで見つけられそいな風景です。
平山の住むアパートは非常古い。1階が玄関とキッチンで、階段で2階に上がって行くと、和室が2部屋の間取りのようです。一部屋は趣味の観葉植物のために使って、もう一部屋が生活空間なのですが、この和室が質素なレイアウトで、古い音楽カセットや書籍を収めている棚があるくらいで、それと布団があるだけで、机やテーブルはない。この間取りは外国人観光客が喜ぶらしいです。たしかに、机も椅子もテーブルもない間取りは日本独特のものなのかもしれません。
映画は平山の朝の起床から、夜の就寝までの1日を描いています。平山は朝早く、5時頃に起床します。朝を起きると洗面所で顔を洗い、歯を磨き、髭を剃って、趣味の観葉植物に水を与えて、ツナギを来て、家を出ます。家を出ると自販機で缶コーヒーのBOSSのカフェオレを買って、車に乗り込み、仕事場へ向かいます。仕事は都内の公衆トイレの掃除なのですが、手抜きを全くしないで、見えないところは鏡で見たり、一生懸命掃除をするんですね。
仕事が終わると帰宅をして、自転車で銭湯へ行って一汗を流して、そのあとは浅草に出て、地下の安いお店でお酒を飲んで帰宅して、布団を敷いて、寝るまでの時間を読書をする、といったサイクルで生活をしていて、そのルーティンを楽しんでようにも思えるし、そう感じられるのがこの映画の魅力なんでしょう。
仕事などでイレギュラーなことが起こることはあるのですが、雨が降ってもカッパを着て、浅草に向かうなど、生活のルーティンを守ることが平山にとっての幸福なのかもしれません。いつも、朝、外に出ると幸せそうな顔をします。この平山なんですが、なぜ、このような生活をしているのか、ということについての説明はまったくありません。
週末は近所のコインランドリーに行って、作業着の洗濯をして、趣味のカメラのネガの現像をして、古本屋の100円コーナーで一冊、文庫本を買って、行きつけのスナックで寄って帰ります。
ちなみに、僕はこの平山のような小市民的な幸せを楽しんでいる架空の登場人物には、2名ほど思い出しました。一人はジョジョの奇妙な冒険第4部のラスボスの吉良吉影。吉良は植物のように平穏に生きることを目的としていますが、残念ながら、手のきれいな女性を殺さなければいけないという性をもっているため、平穏な日常は長くは続きませんでした。
『ジョジョの奇妙な冒険』の吉良吉影
二人目は、リュック・ベッソン監督の『レオン』の主人公のレオンです。レオンはイタリア系の殺し屋なのですが、仕事以外はニューヨークのダウンタウンに完全に溶け込んだ質素な生活を送っています。ただし、これはレオンが望んでいる生活スタイルではないと思います。殺し屋から足を洗って、地に根をはった暮らしを手に入る直前で、不幸な結末を迎えることになります。
さすがに、ヴィム・ヴェンダース監督は吉良吉影を知らないでしょうけど、レオンを下敷きにした可能性はあるかもしれません。平山とレオンでは、牛乳を日課で飲むところや霧吹きで観葉植物に水を与えること、仕事に対してプロフェッショナルなところ、レオンも自らを清掃員ると自称しているところなど、似ているところが多いです。ちなみに、ジョジョの吉良吉影も寝る前にストレッチとホットの牛乳を飲むのですが、レオンの影響かもしれません。この凄腕の殺し屋が牛乳を愛飲しているところは、なかなかインパクトがあり、影響力は大きかったかもしれないです。レオンが94年で吉良吉影は98年か99年だったかと思います。
映画『レオン』の牛乳を飲むシーン
元々、渋谷区内17か所の公共トイレを刷新するプロジェクトでユニクロなどがスポンサーについて、短編のアート映画を作成する企画で、日本のトイレ清掃に感動したヴィム・ヴェンダース監督から長編化の打診があったそうですが、日本の清掃員の仕事ぶりをレオンのように感じたのかもしれませんね。平山も別の顔を持っているということはたぶんなく、この日常はこの先も続きそうです。